「ビビリな若者たちよ!!」について

 
【ビビリな若者たちよ!! 実名ブログで自分を「見える化」する勇気を!!】
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20080408/298256/
 
言っていることの良し悪しとか、実際に実名ブログが有益であるかどうかとか、そういうことを全部さておいて、
 
 
「人はすべからく実名でブログを書くのが正しい姿である。
 これは議論の余地のない大前提である」
 
「実名ブログはビジネスの場で互いを理解するために必須のツールであり、
 これがなければ相手の信頼を得ることは出来ない」
 
「実名ブログを書いていない者がいるとしたら、
 それはその者がビビリであるからであり、
 他に理由は存在しえない」
 
アメリカでは実名ブログが常識である。
 だから日本人はそれを真似なければいけない」
 
 
いくらなんでもその自説展開はないだろう。狭い世界だけの話で、広い世の中のことをまとめて断言しすぎ。
言っていることの正誤とはまったく関係なく、こんなペテンにかける気満々なアジテーションは、まともに聞く気になれない。
 



 
もちろん、自分の言動に責任を持つことは重要だ。
適度に自分自身を主張する癖をつけておくことは有用だ。
ひとつひとつの言動が自分自身に跳ね返ってくるいうことの重みに慣れるということは、一人の人間として生きていく上で、とてもとても大切なことだ。
これらの理念には全面的に賛同する。
 
しかし、それらが重要で有用で大切だというところで思考停止してしまい、誰も彼もが「全く同じように」そうしなければならないという話に持っていくのは、いただけない。
 

 
ネット社会の匿名制度についての議論は、10年以上前から延々と続いていて、いまだに万人が受け入れられるような結論は出ていない。
そして、良くも悪くも日本のネット社会は、匿名を前提とした場所として「今そこにある」のだ。その場所で実名を出して何かをするという行動には、本人の責任能力のうちに収まるかどうかも怪しい、巨大なリスクがついてくる。
 
そういった事実をきれいに無視して、自分の出した「実名最高」という結論だけを前提に据えて話を進めるというのは、いくらなんでも恣意的に過ぎる展開ではないだろうか。
 
……もし、この、匿名制度の是非についての議論とか、実名を出して周囲に多大な迷惑を振りまいた人のエピソードなどの存在をまるで知らなかったというならば、まぁそういう理論展開になるのも納得できなくもないかなと思えなくもない。
まぁ、だとしたら別の意味で、ネット上での振る舞いについてどうこう語る資格などないような気がするが。
 

 
そもそも、一人の人間の名前は、その一人だけのものではない。その人間に縁の繋がる全員に対して影響を与えるものだ。
 
それを、「勇気を出しちゃえよ!」という投げっぱなしの言葉のひとつだけで大きなリスクの中へと放り出させるというのは、無思慮で無責任な行動を煽っているだけにしか見えない。
 
ちゃんと思考させようよ。
自分の行動のひとつひとつが自分に、そして自分の周囲に対して及ぼすことになる影響を想像させようよ。
その上で覚悟させようよ。
 
そういうことを全部スキップした先に作られる実名ブログにどれだけの意味と価値があるというのか、正直、疑問だ。
少なくとも、そのスタートラインからブログを書き始めて、ビジネスの場で名刺として使ってプラスになるような内容のものを作り上げられる者はごく一部であるはずだ……それにそんな能力があるのなら、実名を出さずにブログを書いても、同じかそれ以上の結果を出したことだろう。
 

 
この人、ハンドルネームを使ってブログを書いている人全員に対して「このビビリめ」とケンカ売ってるんだなと、今さらながらに気付いた。読んでて妙にむかむかすると思ったら、そういうことだったのか。
 
売られたケンカを真正面から買ってしまった形になったことが、なんだか悔しい。